リハビリ

こればっかりは自分のせいとはいかず、それなりに体力や運動神経にも自信があったものだが、脳の神経がやられるとそういうのは何の役にも立たなくなるらしい。特に歩行は人間の動きの中でも繊細な制御や動きをしているそうで、それを司る部分に梗塞が起きてしまっていて、これまで生きて来て普通にやっていた歩くという動きができなくなっているそうだ。それをできるようにするためにリハビリで他の生き残っている脳神経に歩く動きを覚えこませることが大事になってくるらしい。今のぼくには理学療法士作業療法士言語聴覚士の3人のリハビリの先生がついており、

言語聴覚士の先生と作業療法士の先生のおかげで頭の障害の方は何とか問題がないところまで克服できたようだ。

それでもまだ高次脳機能障害の各種症状が出ているらしく、各種テストでどこまで克服できているかを都度チェックされている。今は何かが出来ないとそれは病気のせいですって言い訳で逃げている部分もとあるがその度に先生からは頭の方はだいぶ治ってますからねっていわれるので、

その言葉を信じて普通に行動してもいいものかという不安が常に付きまとう。というのもとても今の自分の状態を受容できないからだ。何をするにしても人の助けを借りなければならないというのは非常に情け無い気持ちばかりが増幅されていき、どんどん人としての尊厳が失われていっているような気がして、生きている意味や価値がないと自分を責める時間が増えてくるだけである。1日でも早く自分の力だけで行動できるようになって他の人にめいわくをかけない生き方ができるようになるのが当面の目標であるそれに合わせて人生観と仕事観の徹底的な見直しも必要になってくるだろう。今まではほとんど仕事が趣味というような生き方をして来たが、失ってはじめて健康な体こそが資本であると痛感している。我々のような人種は自分の体がどうなろうとも仕事という理由を捨てられないんだなと思う。